
日本建築の屋根に多くみられるいぶし瓦。渋い銀色の光沢と清楚な美しさは、日本の風土に根ざした深い味わいと伝統の確かさを感じさせます。洋風思考が高まる昨今でも依然として根強い人気を保ち、その独特の色調から『銀色瓦』、『黒瓦』などと呼ばれる事もありますが、正式名称は『いぶし瓦』といいます。
英語ではSmoked tilesと書かれる事からも分かるように、いぶし瓦は、焼成最終工程で“いぶし”と呼ばれる燻化を行い、表面に炭素の幕を形成させます。この炭素の膜に光が乱反射することで、いぶし銀のようなわびさびの味わいのある色と、“サエ”と呼ばれる独特のツヤが生まれるのです。

瓦がいつ頃どこで生まれたかについてはいろいろな説があり、残念ながらはっきりとした事は未だ分かってはいませんが、一説では4000年前とも5000年前ともいわれています。
日本書紀によると日本の瓦の歴史は、西暦588年の飛鳥寺の建立時に4名の瓦博士によって中国より伝えられたとされているほどの長い歴史を持ち、仏教の興隆とともに大きく発展していきました。
『いぶし瓦』の製法が伝えられたのは安土桃山時代、明の一観という人物によるものという説が有力です。一観は織田信長の命により、安土城の粘土瓦を制作していますが、この時に粘土瓦を燻して作る造法を伝えたようです。
しかし、本葺形しかなかった当時は瓦自体が高級品で一般家庭には普及していなかったのです。江戸時代に入って延宝2年(1674年)、近江大津の西村半兵衛により本葺形の丸瓦と平瓦を一体化した浅瓦の前身が開発されます。そして享保5年(1729年)、八代将軍吉宗により、当時江戸で問題になっていた火災を防ぐという目的で民家にも瓦を葺く事が義務づけられ、本格的な普及に至りました。

