
長い歴史を持つ光洋製瓦の財産とも言えるのが、鬼師・二代目構井一巳の存在である。
鬼師とは、城郭や寺院建築の鬼瓦や鯱などの役瓦を造る瓦職人という意味だが、播州では一般に道具師と呼ばれている。師は、父でもある初代構井一巳。姫路城や京都・達磨寺などの文化財の瓦復元に優れた技を発揮した名だたる道具師である。その父に学んで40年近く。二代目を継承したが、「まだまだ勉強中」と語り、特に難しいのは”間合い“だと話す。鬼瓦は屋根の上に飾られるものである。従って下からどう見えるかが勝負であり、飾られる高さや場所の違いによって鬼瓦の顔の向きや角度を考え、変えなければならない。その間合いが難しいというのである。
制作にあたっては、寸分違わぬ復元を要求される文化財の役瓦以外は下絵や図面を描かず、「頭の中に入っている」ままに一から造り上げていく。職人の頭が、腕が、覚えているのである。だが、そんな構井でも、満足できるものはそうそう造れないという。「造った時には満足できたと思っても、何年かたって見たらやっぱり満足できない。職人の道には終わりがないんですよ」まさに職人気質そのものだが、彼が造る鬼瓦にはどこかやさしさが滲み出ている。仏像には彫った仏師の心が表れるというが、仕事への厳しさを超えた人柄のやさしさが、鬼師・構井一巳の真髄なのかも知れない。
鬼瓦・飾り瓦・及び役物鬼等の特徴瓦の造形製作に従事。その卓越した技能を持って姫路城をはじめ、数多くの重要文化財の修理にたずさわり復元製作を行った。また、数多くの神社・仏閣・城郭等の特殊瓦の製作を手掛け、伝統建築を後世へ残す上で、重責を果たしている。
