
平成5年にユネスコ世界遺産に登録された「姫路城」。
池田輝政、羽柴秀吉(豊臣秀吉)など、歴代の戦国武将により当時、最高峰の城郭技術をもって築城されました。一度も戦火を被ることなく現存する城は、築城400年を超える現在、貴重な文化遺産として日本の城郭建築の粋を現代に伝えます。
また、白鷺が羽をひろげたように見える美しいその姿から「白鷺城」ともいわれる姫路城。その優美な造形、光を受けて輝くお城の重要な役割を担っているのが、入り組んだ幾重もの屋根に、鯱瓦や鬼瓦などのいぶし瓦――「神崎瓦」の存在です。
光洋製瓦のある姫路市船津町(旧神崎郡船津村)は、良質の粘土がとれることから古くから瓦造りが行われていました。
特にその名が知られるようになったのは、文化二年(1802年)、姫路藩御用瓦師であった小林又右衛門が、良質の原料を探し求め船津町に移住し、窯を開いたのがはじまりといわれます。以来、昭和の初頃まで多くの瓦屋が軒を並べ「神崎瓦」の名で全国的に広まっていきました。
時代の変化の中で、瓦製造業者の数こそ減少しましたが、光洋製瓦は今も神崎瓦の伝統を守り、昔ながらの質の高い「いぶし瓦」にこだわりながら製造を続けています。
姫路城の美しい姿に見守られながら、この地で日本の伝統技術を後世へ受け継いでいきたいと思います。

光洋製瓦瓦道具師-構井一巳が製作した瓦を使用した建造物(昭和51年~昭和62年)
その他、昭和の大修理の際には地元の神埼瓦が多く使用されました。
※姫路城図下に○朱色で示した箇所は、製作した瓦を使用した場所を示す。

姫路城を望む・城見台公園。平成5年12月に世界遺産として登録されたことを記念して、ここに2mの一対の鯱瓦が設置されました。大天守の鯱瓦を原寸大に復元したもので、構井一巳が製作。鯱の間から天守閣が見える絶好の景観スポットです。
【平成元年 光洋製瓦株式会社 寄贈】

